自動車の自動運転やお掃除ロボット、話しかければ対応してくれる音声アシスタントなど、AIは私たちの生活にすでに身近な存在となりつつあります。皆さんも、人間のように受け答えをしてくれる対話型のAIに質問をしたことがあるのではないでしょうか?
ではこのAIは、医療現場でも人間のように活躍してくれるのでしょうか?「AIに仕事が奪われる」という話題も注目されていますが、医療従事者の仕事がAIに取って代わる未来は訪れるのでしょうか?この先、医療現場でAIがどのように活用されていくかを考えてみましょう。
医療でAI活用が進むには、課題が山積み!
実は、医療現場へのAIの導入率はまだ低いのが現状です。導入には、さまざまなハードルがあるからです。
・承認が必要
最大のハードルは「承認」です。医療現場で機器を使うには、厚生労働省が管轄する「PMDA(※)」という機関から製造販売承認を受けなければいけません。品質や安全性の基準をクリアしないといけないのです。ところが、AIについてはまだ承認基準の議論が進んでいる途中段階で、承認を得るのは簡単ではありません。
※PMDA:医薬品医療機器総合機構。医療現場で使用される機器は、プログラム医療機器(SaMD)として製造販売承認を受ける必要がある。
・法的責任
AIが間違った結論を導き出して患者様が不利益を被った場合、法的責任は誰にあるのでしょうか?また、カメラの映像や音声認識を扱うAIでは、患者様のプライバシーをどう守ればいいのでしょうか?この問題を乗り越えるには、まずは法整備を進める必要があります。
・ハルシネーション
ChatGPTのように、文章を生成したり質問に答えたりするAI「大規模言語モデル」は、時にもっともらしい説明を行いつつ誤った情報を提供します。これを「ハルシネーション」と言います。ハルシネーションは、患者様の命にかかわる医療ではとくに大きな問題です。現在はこれをクリアすべく、企業や大学が研究を進め、さまざまな技術を提案している最中です。
医療は今、AIのない時代からAI活用時代への過渡期にあると言えるでしょう。
どんな医療分野でAIの活用が進みそうか
課題をクリアした先では、AIはどんな医療分野でどんなふうに活躍してくれるのでしょうか。考えられる例をいくつかご紹介しましょう。
・画像診断
AI活用が最も期待されている分野は、MRIやレントゲンなどの「画像診断」です。今は、撮影した画像の陰影を医師の目で見て診断していますが、どうしても医師の技量に影響されてしまいます。AIが画像を自動で分析して病気の可能性がある部位を示し、医師の診断をサポートしてくれれば、見落としを防ぎ、診断の精度が高まると考えられます。
・治療計画の提案
患者様の治療計画を立てる際にも、AIの活躍が期待されています。患者様のデータを解析して、治療計画を提案してくれると考えられているのです。言ってみれば、医師の補助的な役割を果たす「セカンドオピニオン」です。
・病理
患者様の細胞などを顕微鏡で観察して病気を見つける業務を、「病理」と言います。この分野でも、AIの活用が進む可能性が大いにあります。実際に、採取した組織からがんの進行や発症リスクを予測してくれるAIも研究されています。
・個別化医療
将来的には、「個別化医療」に役立つ可能性もあります。個別化医療とは、患者様の体質や病気の特徴に合わせて治療する医療のことです。一人ひとりに合った治療法や薬剤を見つけるのは、実は簡単なことではありません。患者様のデータを学習したAIが提案を示してくれれば、医師の助けになるはずです。
アメリカの医療現場で導入が進む“医療版ChatGPT”
医療分野で先進的な技術を持つアメリカでは、ChatGPTの医療版とも言える「Med-Gemini(メドジェミニ)」や「Meditron(メディトロン)」が注目されています。
これは、医療系の論文やテキストを学習した大規模言語モデルで、医師が知りたいことを質問すると、ピンポイントで答えを返してくれるというもの。たとえば、初めて診る症例に対して「どんな治療をすればいい?」と聞けば、膨大な量の論文などからデータを抽出し、治療方法を提案してくれます。
大量の情報が集約されることで、病院の規模や場所に関わらず誰もが同じ情報を得られるようになるため、医療の地域格差の解消にもつながるかもしれません。
臨床工学技士の仕事も、AI活用で変化する?
医療や介護の現場で働く臨床工学技士の仕事も、AIの導入で変化が起こると考えられます。
・血圧変化の予測を提案
臨床工学技士の仕事の一つに、血液透析の治療中に患者様の血圧などを測定する業務があります。今は、装置の数値を確認したり、患者様に呼びかけて反応を見たりすることで血圧の変化を予測していますが、その精度は臨床工学技士の熟練度に左右されます。
ここで期待されているのが、AIの提案です。装置の数値や血圧変化のデータを大量に学習させれば、血圧を分析して予測を提案してくれるかもしれません。臨床工学技士の片腕として、現場での活躍が期待されます。
・機械の劣化や故障リスクを通知
機械のメンテナンスも、臨床工学技士の大切な仕事です。定期的に点検して時期がくれば部品を交換するのが一般的ですが、故障や劣化のリスクは使用頻度によっても異なります。AIを搭載すれば、耐用年数や使用頻度をふまえ、機械が自分自身で劣化や故障のリスクを通知してくれるようになる可能性は十分にあります。
AIが導入された将来の医療はどうなる?医療従事者の仕事は?
AIが活用されると、医療現場はどのように変化していくでしょうか?医師や看護師をはじめ、医療従事者の仕事は無くなってしまうのでしょうか?
これまでご紹介したように、医療では、「提案」がAIの大きな役割になると考えられます。たとえるなら、医師に優秀な助手が一人ついて、的確なアドバイスをしてくれるようなもの。それによって医師の診断時間が短縮され、診断の精度も上がります。AIはあくまで、医療従事者をサポートする立場なのです。
診断の精度が上がるということは、しなくても良い治療や検査が減り、患者様の身体的負担も、経済的負担も減るということ。結果的に、患者様の生活の質が向上することになり、大きなメリットをもたらすと考えられます。
時には、この助手は間違ったことを言うかもしれません。しかし、それを医師が指摘することで正しく学び直し、これまで以上に賢く成長してくれます。
将来訪れる医療×AI時代は、可能性に満ちている
医療・介護現場へのAI活用には、今はまだ多くの課題が残されています。しかし、AIが医療や介護の質と、患者様の生活の質を高めてくれる未来は、そう遠くないはずです。
技術を学んだ臨床工学技士なら、自分の職場内でAIを組み込んだソフトなどを作り、業務に活用することもできるでしょう。その先では、医療機器メーカーとの共同開発の可能性も広がっています。患者様にとっても、医療従事者にとっても、AIは大きな可能性に満ちているのです。
滋慶医療科学大学の学生もAIを研究中!
本学の島崎研究室では、医療へのAI活用について研究しています。
ある学生の卒業研究のテーマは、血液透析の現場で課題となっている抜針事故でした。抜針事故は、血液透析中に針が抜けて患者様が多量失血してしまう事故で、早期発見が重要です。
学生はこの課題の解決策として、AIを組み込んだプログラムを自作し、ウェブカメラで監視して、AIで抜針時の早期出血を自動検出させることに成功。ポスター発表会[1]でのプレゼンテーションが最優秀賞を受賞し、その成果を学会で発表[2]しました。
これからも、研究室で学んだことを活かして「こんなことができたらいいな」をAIで実現し、医療に貢献できる学生が増えていくことを期待しています!
【参考】