このコラムは「宇宙工学と臨床工学」シリーズ第3弾です。
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3.3システム要求とシステム設計
今回はミッション定義からフローダウンされるシステム要求と、システムの定義を簡単に紹介します。
このフェーズでは、具体的にシステム設計するためのシステム仕様要求を設定します。
1章で例示した、宇宙ステーションへの輸送機、HTV(H-ll Transfer Vehicle 通称「コウノトリ」)を例に取ります。

この作業はライフサイクル全般に対して漏れなく規定しなければなりません。ここでは主なもののみ記します。
- H-llBロケットで打ち上げられること。
- 与圧部に物資を運ぶ補給完了キャリア与圧部と曝露部用に曝露キャリアを設けること。併せて最低6トン以上輸送できること。
- 軌道間輸送機部として、ロケットから、分離後、ISSに自立的に航行し、ランデブーできるための推進モジュールを設けること。また、システムを制御する電気モジュールを設けること。
- 宇宙ステーションロボットアームにより、把持されISSに取り付けられること。
- 補給完了後、ISSから離脱し、制御された大気圏突入を行い、安全にミッションを終えられること。
- つくば宇宙センタに運用管制システムを整備すること。これらはNASAジョンソン宇宙センタのISS運用管制センタとインタフェースを有すること。
その他、電力通信制御、安全性・信頼性、ミッションサクセスクライテリア、リスク管理、地上、軌道上の運用、クルートレーニングや検証、プロジェクト組織要求、更にメーカとの調達計画などあらゆる要求が含まれます。ここではやや専門的、詳細になるので割愛します。
さて、これらの要求を取り込んだシステム定義(システム設計結果)を以下のHTV全体図に示します。

これは大変な作業の結果です。
検討プロセスや結果は、すべて文書化します。
どの様なことが考慮されたのか、万人に透明性をもって示します。
税金を使ったプロジェクトなら当然ですね。
米国はもっと厳密で、メールや個人メモまでも、公文書として管理されます。
作成部署で文書番号を取り、重要度に応じて必要な関連部署を含めて、必要なレヴェルまでの承認を得て、組織として意思決定をします。
ちょっと話が堅苦しくなったので、ここらで、肩をほぐすトピックス。
どうしてHTVを日本で開発する必要があったのか。
- 日本の宇宙ステーションモジュール「きぼう」の開発で得られた技術をさらに輸送機の分野に発展させ、将来の友人輸送開発に資する。
- 宇宙ステーション共通運用経費の支払い。
宇宙ステーションを定常的に運用するには費用がかかります。
宇宙飛行士や空気。食料、水の打ち上げ費用や、システムの保守管理費用などです。
NASAは必要コストを算定して、参加国に利用権(日本は約12.8%)に応じた割合で負担を要求してきます。
(この算定交渉は熾烈を極め、長くかかりました)。
国家間で現金の受け渡しは極力避けるのが通例で、見合うコストを、物やサーヴィスで支弁します。
バーター(barter)とかオフセット(offset)と呼ばれます。
日本はHTVで荷物を運ぶサーヴィスでバーターしたのです。

今回はここまでです。
システム設計の後のシステムズエンジニアリングの作業は、具体的な設計となります。
基本設計、詳細設計、維持設計に分けて進められますが、割愛し、先に進みます。
次回は、システムズエンジニアリングの一環である、医療分野でも重要な、リスク管理や、安全管理の話に移ります。
小鑓 幸雄
滋慶医療科学大学 教授
工学博士/元JAXA(宇宙航空研究開発機構)こうのとりプロジェクトマネージャ
